背中

 学校帰りの駅前で、いつも気になる背中。
 真っ直ぐに前を見て、堂々と歩く背中。
 そんな背中に一目惚れしたと言ったら――
 笑われるだろうか?

「バカじゃねーの?」
「……うるさい」
 笑われる方がまだマシだった。本気で呆れられた。
「あのね、私だって一応は女なんだからね? 恋の一つや二つ……」
「お前が恋しようがストーキングしようがどうでも良いけどな」
 前の席に座って、偉そうにしているこいつは、廣田。良く話すクラスメイトの一人。
 正直、ムカつく男だ。
「だいたいよ、そいつがどんな奴かも分からねーのに好きも何もねぇだろ?」
「うるさいうるさい」
 そんなこと言われたって、しょうがないじゃんか。
 黒いマフラーと、グレイのコート。寒いのが苦手なのか、時々肩を寄せるようにしていた。それでも、胸を張って堂々と歩いていた。
「つーかお前、駅とは反対方向じゃんか。わざわざ遠回りしてんの?」
「……悪い?」
 学校から駅までのバスに乗って、あの背中を待つ。バス停から駅までの短い距離を、追いかける。
「ストーカー」
「うるさいなぁ……」
 他にどうしようもないじゃんか。
「で、今日も駅前寄ってくのか?」
「もちろん」
 この寒い中、遠回りして帰るのはちょっと辛いけど。
「廣田はどうすんのさ?」
「俺は部活なんでね」
「っそ」
 チャイムが鳴って、みんなが自分の席に戻る。椅子が引き寄せられる音と、教科書が開かれる音。
 先生が入って来て、授業が始まった。

 バスを降りて、いつものように本屋に入る。ここからなら通りが良く見えるし、寒くもない。店員さんの目が少し痛いけど、気にしてなんていられない。
 十分経って、二十分経って……。
 今日はもう帰ろうかな、と諦め半分にそう思った頃。
「よう」
「……何よ」
 私に声をかけてきたのは、廣田だった。
「張り込みご苦労さん」
 にやにやと、爽やかなほどに嫌味な笑顔だ。正直、ひっぱたいてやりたい。
「何しに来たの?」
「普通に雑誌買いに来たんだよ」
 掲げた手には、週刊誌が二冊。男の子が好きな週刊誌だ。
「……えっちなのを買いに来たんでしょ?」
「お前な……女がそういうことを言うなよ」
 がっくりと肩を落として、溜め息を吐かれてしまった。
「まあ俺そろそろ電車の時間だから行くわ。またな」
「あ、じゃあね」
 ひらひらと手を振る。廣田はレジに。私はそのままぼんやりと通りを眺める。
 今日はもう帰ろう。また明日探せば良いや。
 それで、今度こそ――
 あの背中の、前に行こう。
 入り口の自動ドアが開いて、閉まった。目を向けると、丁度廣田が出て行った所で。
 ……ちょっと、待って。
「……っ! 廣田こら待て!」
 慌てて通りに飛び出して、その背中に声をかける。
 黒いマフラーと、グレイのコートを着たその背中は……。
「あ? なんだ?」
 振り返ったのは、当然廣田で、憎たらしいくらいに廣田本人で……。
「っ! いってええ! 何すんだこの暴力女!」
「うるさいうるさいうるさい!」
 ムカついたので、蹴り飛ばしてやった。
「帰れバカ!」
「帰るよ! 何なんだよ全く……」
 振り返って前を向いた彼は、胸を張って歩き出した。
「廣田!」
「あん?」
 面倒そうに、肩越しに振り返る彼に、私は――
「またなっ!」
 赤い頬を悟られないように、大雑把に手を上げたのだった。

 明日からは――
 この通りで待つ必要はないと思う。
 笑われても、呆れられても。
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