てのひら

 並んで歩く彼の顔を、真っ直ぐに見つめることは出来なくて。
 向かい合って座っていても、私はうつむいているばかりで。
 彼の大きな掌だけを、じっと見つめていた。

 友達に、彼とのことで冷やかされる。
 格好良くて、羨ましいって。
 私はその度に、少し曖昧に笑って答える。
 確かに、彼は誰もが羨むくらいに素敵だけど……。
 格好良いのかどうかは、あまり良く分からない。

 私が覚えているのは、彼の大きな掌だけ。

 彼が私に向けて言う。
 どうしていつも下を向いているのか、って。
 私は顔を上げて、彼の顔を見て、彼に真っ直ぐに見つめられて――
 何も言えないまま、またうつむいてしまう。
 きっと、顔の全部が真っ赤になってる。ほっぺたがとても熱い。
 何も言えないままの私の頭に、彼が掌をそっと乗せる。
 子供にそうするように、ゆっくりと優しく頭を撫でてくれた。
 大きな、大きな掌で。
 その日の帰り道、初めて彼と手を繋いで歩いた。

 私は恥ずかしくて顔を上げられないけど――
 こうしていれば、転んだりしない。

 彼の掌を見る。うつむいたままで。
 私の靴を見る。彼の、大きな靴を見る。
 窮屈そうな足取りで、私に歩調を合わせてくれる、彼。
 穏やかな声に、ゆっくりと満たされる。

 手を繋いで帰る毎日が続いて、彼がまた訊いてきた。
 私は、今度こそちゃんと答えようと思った。
 彼の顔を見上げて――少しだけ、視線を落として。
 ワイシャツの二個目のボタンを見ながら、話した。

「だって、見るってことは……見られるってことでしょう?」

 彼は少しだけきょとんとして、急に前かがみになった。
 背の低い私と、目線の高さを同じにした。

「キミが僕を見ていなくても、僕はキミを見ていたよ。ずっとね」

 そう微笑む彼に、私は耳まで赤くなって――

 ずっと一緒に歩いていたのに、毎日手を繋いでいたのに、顔を上げられなかった私。
 そんな私に、彼は柔らかな笑顔をくれた。

 明日からは、恥ずかしくても、ちゃんと彼の顔を見つめていようと決めた。
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