真昼にのみ向ける手記

 君からの返信、全てを読み返した。

 こうして、君と交わした文字を読み返していると、思うことがある。
「俺は、本当に君が大切だったんだな」と。
 そんな簡単なことに気付くのに、一年近くの歳月を必要としてしまった。
 俺は多分、向かい合えば自分が崩れてしまう程の悲しみから、目を逸らしていたのだろう。
 そう、思う。
 あの頃、俺は一つの話を書こうと思っていた。
 それまでの話とは全く違う、誰かのために書く話だ。
 初めてだった。誰かのために何かを書き残したいと思ったのは。
 自分のため、世界の全てのために書こうと思って書いた話はあった。
 でも、たった一人に向けて話を書く、と思ったのは、初めてだった。
 恋じゃない。愛でもない。でも、他に呼びようがない。
 俺は、君に惹かれていた。嘘じゃない。
 いつも、君からの返事を心待ちにしていた。
 そして、それに対して返答することが、何よりも楽しい一瞬だった。
 自分の全てを包み隠さずに、書き残すことが出来た。
 思えば、あの頃が唯一価値を見出せる日々だったのかもしれない。
 今、俺はあの頃書こうとしていた話を書いている。
 簡単にはいかない。君はもう俺の声を聴いてはくれない。君の声は聴こえない。
 その度に俺は、絶望をしてしまう。
 気持ちが震え、頭が痺れ、手が動かなくなってしまう。
 何も考えられなくなってしまう。
 そして、一つの考えが思い浮かぶ。
「俺はもしかして、もうとっくに諦めてしまっているんじゃあないだろうか?」
 望みを叶える、ということに対して。
 絶望の本当の意味を、改めて認識している。
 魂が微塵に砕け、目の前は闇に閉ざされる。まるで、月の翳った夜に身を投げ出したように。
 だから、君の残した文字を読み返している。
 今書いている話は、君だけのための話なのだから。
 君がどんな絶望を抱え、選択したのかは知らない。知りたかったけれど、もう知ることは出来ないだろう。
 でも、全ての絶望を払拭する話を書こうと思っていた。それだけだった。
 絶望している君なんて、見たくなかったから。
 でも、今は俺が絶望している。
 絶望を消すための話を書こうとしている俺が、絶望している。
 なんて皮肉だ。
 俺はどうすれば良いのだろうか?もちろん、答えははっきり出ている。
 分かっている。俺に出来ることは書くことだけだから。
 でも、この話を書き上げたとき、俺は……
 一番読んで欲しかった人に、読んでもらえないという事実に直面する。
 それは、途方もない絶望だ。
 多分、君はこの独白を目にしないだろう。
 ここに取り残された俺が、未だにこうして言葉を発していることを、知らないだろう。
 でも、俺は呼びかけるしかない。
「この声が、聴こえるか?」
 涙を流し、跪きながらも、大声で叫ぶしかない。

 一番最後の言葉は、残しておかなかった。
 何故か?
 それは、見る度に絶望してしまうから。
 君は、俺の元から去ってしまった。
 その時の絶望を、君は想像出来るか?
 俺がどれだけ君を特別に想っていたか、分かるか?
 多分、君には分からない。
 俺には分かる。君は、基本的には俺と同類なんだ。
 自分のことを話すのが好き。他人の話を聞くのが好き。
 でも、他人を受け入れることは絶対にしない。
 全てをさらけ出しているようで、最後の一欠けらだけは明かさない。
 それが分かったから、俺は知りたかった。
 君の、最後に隠れた一つの破片を。
 俺は、誰かに全てを語ることが出来るのか、ということを。
 分かってるんだ。結局、俺達は個人主義に特化し過ぎている。
 誰かと一緒にいることに、耐えられはしない。
 でも、だからこそ、そんな俺達だからこそ
 一緒に居続けることが出来ると思ったんだ。
 依存じゃあない。期待じゃあない。それは、約束されたことのように思えた。
 でも、君は去り、俺は先に進むことが出来ずにいる。
 どこかでこの状況を突破しなくてはならない。
 でも、俺はその方法を知らない。過去にやったことがない。
 だから、だからこそ……
 俺は未来を強く望むからこそ、新しい方法でこの壁を貫かなくてはならない。
 そのために今は、君からの新しい言葉が欲しい。
 傲慢だろうか? 我侭だろうか?
 でも、知ったことじゃあない。
 俺は、言ってやる。
「好きになって何が悪い!」
 好きだ。そういうことだ。
 
 でも、その「好き」は普通の「好き」じゃあない。
 色恋に絡むことじゃあない。
 同志に向ける、友愛の情に近い。
 俺達はやっぱり、似た者同士だったんだよ。

 なあ真昼。今、俺はグズグズな毎日の中で、苦しみながらも素晴らしい話を書こうと努力しているよ。
 真昼はどうだい?
 君の選んだ進むべき道に、月は輝いているかい?
 真昼の明るい光は、俺達には少し強すぎるんだ。
 朧に輝く、優しく冷たい月の光が、丁度良いんだよ。
 あの頃、俺は凄い速度で進歩していた。それは、君のためだった。
 君を救いたくて、俺は成長したんだ。
 でも、その結果は出なかった。君は、去ってしまった。
 哀しいし、淋しい。涙も出ない程に。
 泣けない涙を知った俺は、届かない歌ばかり唄っている。
 答えの返ってこない手紙ばかりを書いている。
 君と再会することを望むのは、贅沢だろうか?
 そして、それは叶わないことだろうか?
 俺は、やっぱり書くよ。
 絶望なんて、二十歳の頃に嫌という程味わった。
 そして、絶望を糧にして俺は「書く」ということの意味を知った。
 だから大丈夫だと思う。
 君に読んではもらえないけれど、君のために書こうと思った話を、完成させる。
 今までよりもずっと、素晴らしい話にする。
 そして、俺は新しくなる。
 君が笑顔で俺に会いに来てくれることだけを望んで、書き続ける。
 それだけが、君に言いたい言葉だ。
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