Darkness


 ああああああああああ。
 ああ・・・
 おおおおおおおおおお。
 おお・・・
 聴覚は、生きている。
 手を、手と思われる部位を、動かす。
 五体は満足なようだ。
 味覚はない。嗅覚はない。
 見えるものは、闇。
 目を閉じているのか、闇の中に放り出されたのか、はっきりしない。
 全てはぼやけ、曖昧なままそこに存在している。
 立っているのか、這いつくばっているのか、それすらも判らない。
 ひょっとして、これが死なのだろうか?
 答えはない。
 だとしたら、何なのか?
 記憶は、無い。
 空白ではなく、全くの 闇
 そうだ。
 これは、きっと夢だ。そうに違いない。
 悪い夢なら、いずれ醒めるだろう。
 思考を削除し、感覚を遮断した。
 どうか、早く醒めますように・・・

 現実と虚構の違いが分からない。
 このまま俺の意思は崩壊するのか?
 自分に問い掛けても、答えすらない。
 言葉すら、風に消える。
 だが、消してくれる風すらも、無い。
 虚無に響く、俺の意志。
 どこにも届かない、無為な苦痛。
 それですら、無い。
 気が狂いそうだ。
 だが、それですら 無い のだろう。
 ナイノダロウ

 自分以外の存在は、常に多くの苦痛を生む。
 だが、それすらも存在しないのならば、
 自分の存在は意味があるのだろうか?
 答えも無いとしても、考えるしかない。
 何も出来ることはないのだから。
 そして、崩壊の時は近付き、
 完全なす虚無に戻る。
 最早常識という単語すら、意味を成さない。
 孤独という言葉の、真の意味を
 根底から理解した。
 誰かの存在が欲しい。
 自分以外の、誰か。
 優しくなくても、敵としてでも構わない。
 そうしなければ、自分が保てないのだから。
 もし、それすらも許されないのならば、
 この闇が、俺自身になるだろう。
 無限に膨張し続ける、宇宙になるだろう。
 そして何を創造する?

「・・・・・・・・・」
 声が聞こえた気がした。
 それは、初めての快感。
 気付いてくれ!
 俺はここにいるんだ!
 そして、助けてくれ・・・
 孤独を壊してくれ・・・
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 理解出来ない意志だけが、増殖して行く。
 判断すら出来ない、ただの音の集合が、
 やがて限りなく広がって行く。
 だが、誰も俺には気付かない。
 俺がこの世界そのものだというのに・・・
 ここはただの闇だというのに・・・

 何もかもを、求めるな。
 そんな意志が届いた気がした。
 何よりも偉大で、魂そのものに刻み込まれるかのような、
 厳格な響き。
 荘厳な感情の波は、俺にしか届かないのか?
 だとすれば、これもまた
 ナイのだろう。

 自分の中に、大勢の異なる意志を内包している。
 やがてそれにも馴れ、孤独ではないことに
 安心を覚える。
 幻覚だとしても、俺の内なる存在は
 確かに存在している。
 よもすれば、この俺自身よりも
 確かな存在達に、謂れのない嫉妬をしている。
 だが、それにも馴れてしまうのか?
 疑念は爆発的に膨らみ、
 自分では制御出来なくなるほどに、
 独立してしまう。
 それは、裁きを与えた。
 "世界"の全てに・・・

 やがて俺の孤独を埋めるだけの無為な存在は消え、
確たる意志により存在するものが現われた。
初めの記憶からどれだけの時間が流れたのだろう?
永遠のようでも、一瞬のようでもあった。
だが、どちらでも一緒だ。
今は、変らない唯一の意志がある。
それは、俺が最大の存在だという自負。
根拠のない空論ではない。
直感ではあるが、これまでの積み重ねがそれを証明している。
この、何もない闇の中で、俺は神になったのだ。
神すらも創造出来る存在になったのだ。
何と素晴らしいことか!
俺が、絶対なのだ。

しかし気が付いた。
俺の存在には価値が無いことに。
この闇に存在している俺以外の意志は、
確かに価値を持っている。
それがどんなに小さな価値だったとしても、
必死に、瞬きのような時間を
苦しみ、哀しみ、喜び、
生きている。
なんと美しいことか・・・
羨ましい・・・
自分以外の存在と対等な立場で共存出来るものよ。
俺はお前達を創造した。
だが、それによって俺の中には嫉妬という感情が現われてしまった。
ナニモナカッタノニ
無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに。無かったのに・・・・・・
ああ!
どうすれば俺は満たされるのだろうか!?
悔しくて消えてしまいたい。

やがて俺の中の負の感情が満ち満ちた時、
闇が弾けた。
そして、ナニモ無くなった。
平穏が戻ったのだ。
これで、俺は安らげるだろう。
永遠に・・・

おかしい。
何かが満たされていない。
どういうことだ?ここには俺を苦しめるものなど
何一つとして存在していないのに。
何一つとして、何一つとして、
何も、無いというのに!
どうしてだ!
誰か教えてくれ!
助けてくれ!満たしてくれ!暖めてくれ!
声を聞かせてくれ!手を差し伸べてくれ!
愛してくれ・・・

『また自分以外の存在を求める気か?』
でないと、自分を保てなくなる
『その存在が必死に生きているのに、貴様は自分勝手に殺してしまっただろう?』
でないと、自分が崩壊してしまいそうだったから
『結局お前も同じなのだ』
何と?
『その日その日に怯えながら生きる矮小な命と!』
・・・・・・・・・・・・
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

そして、彼の意志は
本当の虚無へと飲み込まれた。


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