会話


暗い部屋の中で、声がする。
同じに聞こえて、違う声。
何を語らうのか?この凍て付いた時の中で・・・
そして無意味に言葉は増える。

「一体、君は何がしたいんだい?」
「さあ、良く判らないな。結局、自分のことが一番分からないモンだろう?」
「まあ、そうだとは思うよ。だけど、今何をするのかを決めておかないと、後々不便だと思うけどね」
「それもそうだ。考えてみよう」
「良く考えた方が良いよ。時間はあまり無いけどね」
「このまま自堕落な生活を延々と送るのはどうだろう?」
「それでいいのかい?一度きりなんだろう、人生ってのは?」
「だったら、もう少し後悔の無い道を探そうか」
「そうそう」
「・・・・・・・・・」
「で、見つかった?」
「うん。だけどその前に一つ質問してもいいかな?」
「なに?」
「夢ってのは、何歳まで追い続けてもいいんだい?」
「人によりけりだね。"大人"になっても追いかけるのは、出鱈目だなんて言う人もいるし、死ぬ間際まで追い続ける人もいる。僕が思うに、自分が満足できればそれで良いと思うけど」
「だったら言う。夢を追う」
「それは夢だけを追うってことなのかい?だったらそれも問題じゃないかな。社会の一員としての果たすべき義務だけはこなさなくちゃならないし、まだ途中のことだってあるだろう?」
「うん。だからそれは全部放棄してしまうつもりだ」
「本気かい?たった一つの生き方しか望まないのは、ある意味傲慢だぜ。それにそんな生き方が間違っているのも分かるだろう?」
「でも・・・」
「そう。いつでも他のことに掻き乱されてモヤモヤする気持ちも分かる。でも、だからこそ追い続けるのが必要なんじゃないのかな」
「うん。そうかもしれない。だったらもう少し待ってくれないか?良く考えてみるよ」
「そうしなよ」

「この世界は僕に何を望んでいるんだろうか?」
「さあね」
「だっておかしいじゃないか。僕にはこの人生が意味の無いものには思えないよ」
「意味なんてものは無くて当然、在ればラッキーってものじゃないかい?」
「そうなのかな・・・」
「そうさ。考えてもみなよ。生まれてすぐに死んでしまう赤ん坊は今でも減らない。戦争に巻き込まれて死ぬ若者も。彼等の人生は捨て駒だったのかい?そう考えれば、意味なんて無い方が幸せだよ」
「でも、赤ん坊の親には意味があったと思うよ。悲しみと、命の尊さを知るっていう。戦争に意味があるとは思えないけど、それでも命には価値があるはずだよ」
「あるとしたら、それは死ぬ間際に笑えるか笑えないかだけだね」
「どういうこと?」
「良い人生だったと言えるか、まだ死ねないか、どちらかだってことさ」
「じゃあ、僕は笑いたい。良い人生だったって、笑って死にたい」
「それは無理さ。まだ何をしようか決めていないんだろう?」
「うん」
「それを決めてから考えればいい。それで充分間に合うよ」
「そうだね」

「何か、こう・・・イヤなんだ。モヤモヤするんだ」
「気持ちは分かるけどね」
「何も出来ない自分に嫌気が差すんだ。痛むんだ。胸の真中が」
「それは君だけじゃないよ。誰だってそうなんだから、君も自分でどうにかしなくちゃいけない」
「誰かに頼っちゃいけないのかい?」
「悪いことじゃないね。でも、その誰かも永遠に君の隣にいるとは限らないよ」
「一時だけでも忘れたいほどに、苦しいんだよ!」
「そしてまた繰り返すのかい?同じ過ちを」
「じゃあどうすれば良いんだよ!もう分からないよ!」
「今出来ることだけを頑張る。それじゃあ駄目なのかい?」
「どうしても先のことを考えてしまうんだ。やっぱり誤魔化せるのは一瞬だけなんだよ」
「何もしないで傷を深くするよりはマシさ。それに誤魔化す訳じゃない。この先のことに集中するための儀式さ」
「儀式?」
「だって、過ぎたことに気を取られてしまっては、その時に集中しきれないだろう?この先に大事なとこが在ると信じて、今を生きる。それは正しいと思うよ」
「嘘だ!何もないんだ!この先生きていても、何も変らない。何も手に入らない。そして、僕のこの手は砂に飲まれてしまうんだ・・・」
「・・・・・・」
「もうイヤだ・・・死んでしまいたい・・・」
「そうすれば良い」
「え?」
「だから、死ねば良い。でも勘違いするなよ。死ねば何もかもなくなる訳じゃない。むしろ死んでからの方がよっぽど辛い。無念や、痛みや、苦しみや、後悔。それらが永遠に君の存在した証としてこの世界に残るんだから」
「違う。死は終わりだ。その先には何もない。苦しみに涙することも、痛みに苦しむことも無い。永遠に、虚無なんだ」
「違う。死は生と同じ、通過儀礼だ。永遠になるための、一つの節目だ。苦しみも、痛みも、永遠に存在し続ける。それは悦びでも同じ。どんな感情も、それが『在った』ということが残るんだ」
「でも、この『脳』という肉隗は無くなる。もちろん身体という器も。それだけで僕は解放される・・・」
「解放?違う。溶け込むんだよ、この『世界』という存在に」
「おかしいじゃないか。じゃあ死んだ人間は、どこに居るんだ!?」
「いるさ。胸の中にも、大地にも、空間にも、時間の中にも、この世界のありとあらゆるところに溶け込んで、存在した証を残している」
「分からない・・・もう、何もわからないよ・・・」
「でも、君は行くんだろう?あの光を目指して」
「・・・それ以外に道が無いのなら」
「上等だと思うよ。少なくとも、今はそれで」

「しかし、君は誰なんだい?僕が言う言葉を全て否定して、導いてくれる」
「それが僕の仕事だから」
「正しいことでなくても、君の言葉は心に響く」
「それは僕が本気だからさ」
「様々な可能性があることを僕に示してくれる」
「思い出すきっかけを与えているだけさ」
「僕の破滅を、押さえてくれた」
「当然だ。君が死ねば、僕も無くなるんだから」
「つまり、君と僕は一つということかい?」
「違う。別の意志だ」
「じゃあ、君は何なんだい?」
「君にかかっている呪いだよ」
「呪い?呪いが何で僕を助けてくれるんだい?」
「助けてはいない。むしろ苦しい方へと導いているのさ」
「でも、その先には光が見えるよ」
「届くか届かないかは、君次第だからね」
「だんだん分かってきた。君は、僕の中で僕を導く、『自らの内なる声』だ」
「もっとぴったりの言葉があるよ。訊きたいかい?」
「是非、訊かせてくれないかい」
「破滅願望」

「時々狂いそうになる時があるんだ」
「誰でもそうさ。狂気と正気に大差はないよ」
「でも、自分以外の命を奪って快楽を得ようとしているんだ」
「だから、誰でもそうなんだよ。常識とか言う必要のない柵に閉じ込められているから何とか誤魔化せているだけで、本質は破滅を求めているんだよ」
「それが過ぎると、怖くなる。自分の考えに、恐ろしくなるんだ」
「何で?」
「だってそうだろう?いずれこの感情が僕を飲みこんで、暴れてしまうかもしれない。そうなれば、誰も止めることは出来ないだろう」
「怖いことは何も無いさ。だって・・・」
「何だい?」
「生きていることが、最も恐ろしいことなんだから」
「!」
「一日一日を無駄に生きて、そのくせ他の生物の命は奪うし、他人を傷付けはする。
挙げ句の果てには自ら死を選ぶ。生という現実、事実を冒涜している。これ以上に恐ろしいことなんてあるものか」
「じゃあ、初めから間違っていたってことかい?」
「この世界の存在に、正義とか悪とか言う俗な概念はない。ただ・・・
 人間はどこかで間違えてしまったのだろうね」
「どうすればいい?どうすれば過ちを正せる?」
「さあ。それはこれからの君達次第じゃないかな。取り返しの付かないことなんて、そうそう無いものだよ」
「じゃあ無駄に生きていてはいけないね」
「・・・今更気が付いたのかい?・・・やれやれ」


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