歓喜


もしも私が死んで、それから幾百の年が過ぎても
この世界から争いも 苦しみも 飢えも 病も 絶望も 涙も
なくならないのだとしたら
私はとても悲しい
私はこの世に溢れる全ての負の感情を持って死にたい
もう、世界には一粒の苦しみも残っていないと
そのように満足してから 終わりたい

この星の上に生まれ、どうして私達は争わなくてはならないのか?
貴方が自分を大切に思うのと同じように、彼も自分を大切に思っている。
それを知っているのに、どうして争うことが出来るだろう?
誰もが苦しみを知っている。貴方も、彼も、私も。
争うことは何もない。私達は同じ苦しみを抱いて生きて来た同胞なのだから。
この星の上で時を過ごす、一個の命なのだから。

誰もがこの星に愛されている。そして、運命に愛されている。
それを実感しなくてはならない。
見よ、あの青い空を。彼は曇りも雨も夕暮れも夜も、全てを認め、自分を変える。
私達にもそれが出来るはずだ。
空は青く、炎は赤く、雪は白く、光は透明に輝く。
私達は変われるはずだ。もっと良い方向に。
これを愛と感じることが出来ない人は何処にもいない。
私達はいつでも愛されている。忘れてはいけない。
愛は、私達の頭上にいつでも浮かんでいて、手を伸ばせば触れることが出来る。

誰もが手を繋ぎ、幸せを感じることが出来るはずだ。
私達の中に、孤独はあり得ない。隣を向けば、同胞が必ずいる。
そして、彼はいつでも微笑んでいる。貴方に向かって。
目を開き、純粋な気持ちで全てを捉えよう。
瞳はいつでも濁ることはない。心はいつでも開かれている。
さあ、この世界を目に映そう。彼の微笑みを見つめよう。
自然に洩れる微笑は、とても美しいものだ。

子供の頃に思っていたことがある。
夜、布団の中で天井を見ながら思っていたことがある。
「この世界から、全ての苦しみが無くなりますように」
「もし、それが叶うのなら、命なんて惜しくない」
澱みの無い心で、一心にそう祈った。姿を見せてくれない神に。
全ての願いを叶えてくれるような、そんな神はいない。そんな都合の良い存在はあり得ない。
それなら、私はどうすれば良いのだろう?
ただ祈っていれば良いのだろうか?
目を逸らし、毎日を過ごしていれば良いのだろうか?
本当の苦しみは、私だけのものではない。
誰もがこの苦しみに耐えているのなら、いつかきっと全ての苦しみが無くなる日が訪れるだろう。
私は信じている。子供の頃に願ったことがいつの日か現実になることを。
世界中が笑いに満ち溢れ、一片の苦しみも存在しない、永遠の楽園が出来ることを。
私は信じている。世界中の人々がこの祈りに共感し、世界を変えようとしてくれることを。
私は愛している。この世界に生きる全ての存在を。
何も疑うことはない。足取りは遅くとも、私達は家族なのだから。
いつかきっと、理解し合い、手を取り合い、笑顔を浮かべる日が訪れるはずだ。

私達は決して完璧な生き物ではないだろう。
誰もが何かしらの欠点を持ち、何かしらの苦しみを持っているだろう。
だからこそ、私達は幸せになれるはずだ。
完璧でなくとも、歩む道が間違っていても、誰もが幸せになることを望んだ結果が、今私達の住む世界なのだから。
私達の根底に根ざすものは闇ではないと信じている。無力感ではないと信じている。絶望ではないと信じている。苦しみではないと信じている。
例えそれらが一時私達の心を埋め尽くしたとしても、それはきっといつか過ぎ去ってしまうだろう。
私達は、幸せになれる世界に生きているのだから。
何も恐れることはない。誰もが手を差し伸べてくれるはずだ。
忘れてはならない。私達は同じ星に生きる仲間なのだから。

時と共に色々なものが失われてゆくだろう。
空は青さを忘れ、悲しみに濁ってしまうだろう。
人々の顔からは笑みが消え、世界には絶望が満ちてしまうだろう。
それでも、私達は生きている。生き続けている。
これ以上の喜びは、他には無い。
生きているということは、全てに優先されることだ。
この世界は、どんな姿をしていても、生きているもののためにあるのだから。
海が凍り付いても、鳥が囀ることを忘れてしまっても、夜空に星が瞬かなくとも、私達は生きている。
笑うことが出来る。助け合い、世界を作り上げることが出来る。
それは喜びではないか?
次の生命を育むことの出来る喜びを噛み締め、次の世代のために世界をより良く変革させることが出来る。
大切なものが全て失われたとしても、またそこから始めることが出来るだろう。
私達は、ここに生きているのだから。

さあ、今こそ歓喜の声を世界中に放とう。
この星に喜びの声を伝えよう。
全ての苦しみに感謝し、涙を流し跪こう。
一筋の涙が流れる頬は、何よりも美しく光る。
それは原初の契約。歓喜の歌声にも似た一筋の光明。
私は全ての苦しみが無くなる日まで、この苦しみに耐えよう。
涙が渇くまで、歓喜に打ち震えていよう。
私達の子供のために、この星をより良い姿にするために。
私達の次の世代のために、次の次の世代のために。
この星に生まれる、美しい生命のために。


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