先生!2


 中学校二年といえば、そりゃあ反抗期真っ盛りだ。
 そんな時期に素直になれるはずなんてない。素直になれる奴がいるとすれば、それだけで英雄になれる。
 当然、俺にもそんな時期があった。
 中学二年。その時の担任の先生を、俺は最高に尊敬している。

 母親も教わった。母親の兄弟も教わった。そして、俺が教わった。
 そういう先生だった。
 怒ると妙に恐くて、学年で一番発言力を持っていた。
 中ニの春。俺は、担任の発表を見て死にたくなった。

 あの先生の言葉で幾つか忘れられない言葉がある。
 今、俺はそれを思い出して、改めて考えてみようと思う。

「誰も見向きもしないことに気付く。そういう男になって欲しい」
 そう言われた。
 何の事は無い、ただ掃除している時に言われただけだ。
 隅の取れない汚れを放置した俺を見て、先生はそう言った。
 俺は素直に従えなかった。
 それが命令のように聞こえたから。

 今考えると、「そうなりたいな」と素直に思える。
 誰も気付かない、見向きもしないことにこそ、本気を出せる。
 そして、誰にも誉められることの無い場所で正しい成果を上げる。
 考えただけでも、ゾクゾクする。
 先生の言ったことは、正しかった。

「やっと反抗期が終わったか」
 実は終わっていなかった。
 俺の反抗期は、実に六年くらい続いた。ただ生意気だっただけかもしれない。
 でも、今でも力一杯生意気だ。
 先生のその台詞を聞いた時、俺は複雑な思いだった。
 終わりと始まりのはっきりする物事が、俺の周りには溢れていた。
 だから、気分が沈んだ。
 今なら分かる。先生は、俺を見て許してくれたんだろう。
 今までの暴挙の、全てを……
 だから俺はあの先生が好きだ。

 違う先生の話をしよう。
 俺は高校を中退している。
 その後、俺の従兄弟が中学校の美術の先生に言われた。
「アイツはどこの大学でも入れると思っていたのにな」
 従兄弟はそう伝えてくれた。
 あり得ない話だ。
 俺はその当時、
「やりたいことがあって、出来る場所があればどんな努力だってしただろうよ」
「でも、何一つとして無かったんだ」
 と従兄弟に言った。
 従兄弟はこう答えた。
「そうだろうな。お前は天才肌だから」
 ふざけるな。俺はただ、何もやらなかっただけだ。
 どこにも行けないし、何一つとして見えてはいなかった。
 だから、色々な人に迷惑をかけるしかなかったんだ……
 当時のことを考えると、本気で死にたくなる。

 話を元に戻す。
 先生はこうも言った。俺が高校を辞めた時のことだ。
 俺はその言葉を直に聞いた訳ではなく、母親を通して聞いた。
「怒らないから遊びに来い」
 先生の家には一度だけ遊びに行ったことがあった。先生が怪我をしていた時だ。
 でも、それ以来顔を出したことはなかったし、先生にそんなにも気にかけてもらっているとは意外だった。
 気にかけてもらっている。それだけで俺は充分だった。
 現場仕事で日焼けした顔で、母親にこう言った。
「絶対怒られるからヤだ」
 自分の思ったことを素直に言えるようになるのは、この一年先のことだ。

 そろそろ先生に合いに行こうと思っている。
 でも、多分行かないだろうとも思っている。
 もしも、俺が望みを叶えて、たくさんのものを取り戻したら、先生に一番に合いに行くだろう。
 でも、多分行かないだろう。
 俺にとって、一番尊敬すべき先生は、俺達と一緒に中学校を卒業した。
 定年まであと二年残っていた。
 その後、大学に通っていたというのだから心底恐ろしい。
 生涯一学徒を地で行く人だ。
 俺にとっては恐いだけ。そして、尊敬しているだけ。
 それだけの先生だ。
 先生は俺達のために三年という時間を割いてくれた。
 その三年間に報いるために、俺はこうして生きている。
 正直な話、自殺しようと思って止めたのは、先生の存在が俺の中で大きかったからだろう。
 俺から死を奪い、未来を与えてくれた先生。
 お礼の言葉が言える日が来ることを、本心から祈っている。
 だからこうして生きている。

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