手紙


届かないとはっきり分かっている手紙を出せるほど、
僕は強い人間じゃあない。
でも、割り切ってしまえるほどにも強くはない。
僕の中で生まれた、君宛の言葉。
ぐるぐる、ぐるぐると渦を巻いている。
このままじゃあいつか破裂してしまうだろう。
僕は君のことを想いながら
毎日を過ごす。

君に関して、僕が知っていることは意外なほどに少ない。
指折り数えれば、それで終わってしまうほどに。
でも、僕はそれを寂しいとは思わない。
ただ、僕らには時間が足りなかっただけだ。
今は糸が切れているかもしれない。
その糸も、僕と君の両方が望めば
いつか繋がるだろう。
十年先でも、二十年先でも構わないから
この糸よ、繋がってはくれないだろうか?
僕は望む。
君のことをもっと知りたいと望む。
とても貪欲に、望む。

今日も君に伝えたい出来事があった。
毎日毎日、君に伝えたいことが増えて行く。
いつか君に会えるときが来るなら、
僕の全てを語ろうと思っているけど、
きっとそれは出来ないだろう。
君に伝えるべき言葉は、もう決まっているのだから。

君の姿を思い出そうとして、やめる。
古くなってしまった君の姿には、何の意味もない。
過去に拘って、これからを見失ってしまうことほど愚かなことはない。
手に入れることの出来るものを手に入れないことほど勿体無いことはない。
ありもしないものを求めてしまうのは、いつでも哀しい。
僕の中にある君の姿は変わらない。
君はきっと、毎日少しずつ変わっている。
想像しようとして、無理だということに気付く。
当たり前だ。
君は、僕の近くには居ないのだから。
僕とは違う空気と水で生きているのだから。

君のことを思い出すことが減ってしまう。
君のことを考えることが減ってしまう。
そうなる前に、僕は手紙を書きたいと思う。
便箋を前にして、ペンを手に取って、それでも
何も書くことが出来ずにいる。
無駄な言葉をつらつらと連ねることは出来るだろう。
でも、そんな手紙にどんな意味がある?
ただの自己満足で終わってしまうなら、
悩むこともなくとっくの昔に手紙を書いている。
日課にしても良いくらいだ。
満足してしまえば、それまで。僕はそれを良く知っている。
だから僕は、この満たされない気持ちのまま
君のことを想う。
眠れない夜、布団の中で寝返りを打ちながら
君のことを思い出したくはないから。

君に手紙が届かなくても、
本当は手紙を書くべきなのかもしれない。
君に読んでもらえなくても、
本当は言葉を残しておくべきなのかも……
こうして悩んでいる時間はとても勿体無い。
そして、同時に楽しくもある。
結局今日も僕は何もしないで床に就くだろう。
毎日は、そんなことの繰り返し。

君との繋がりが切れてから、季節が巡った。
僕の住む町はとても緑が綺麗で
空と山との境界線がはっきりと見て取れて
君が見れば感動するだろうと思う。
僕は太陽の光を真っ直ぐに受けて
瞳を閉じて、君の言葉を思い浮かべる。
どれもこれもが見当外れに思えるけど、
それがまた良い。
本物の君は、一体どんな反応をしてくれるのだろうか?

小さな変化と、大きな変化があった。
部屋の模様替えをした。車を洗った。髪を切った。
新しい目標が出来た。
そんな他愛のないことを君に伝えたいから
僕は毎日の変化を楽しむことが出来る。
受け入れることが出来る。
貪欲に求めることが出来る。
途切れた糸も、悪くない。

愛じゃない。恋じゃない。
ただ、僕にとって君は特別なだけ。それだけ。
初めて僕と本音で語り合ってくれた人だから。
僕の本気を受け入れてくれた人だから。
手紙を書くことはないかもしれないけど
この気持ちだけは、必ず伝えよう。
たった一言だけで伝えてみせよう。
その言葉を今は、探している。

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