君がいたから


 僕は今、こうしてここに立っている。
 理由なんてないのだろう。
 もしあったとしても、それに気付くのはずっと後になってからのことで、
 今の僕には何の関係もない。
 ただ、こうしてここに立っている。
 君を、ここで待っている。

 いつからこうして君を待っていたのか、
 僕にはそれを思い出すことが出来ない。
 思い出す必要もないのかもしれない。
 待っている間は、ただドキドキしていれば良いのだから。
 だんだんと大きくなる君の姿を想って、
 胸を高鳴らせていれば良いのだから。

 僕は、バカだった。
 口先だけで全てを乗り切って、乗り切れないことからは逃げ出す。
 そんなことばかりを繰り返していた。
 何一つとして、誇れるものなんてなかった。
 高くなり過ぎたプライドは、周囲をも巻き込み
 僕らはやがて本当の孤独を知った。
 そこまで来て、初めて気付いたんだ。
 僕は、バカだったんだ。

 君のことを知ったのは、その頃だった。
 全く新しい自分を見付けよう。
 そう決心して、枠から飛び出した頃。
 君の声はただひたすらに優しく、
 その瞳は僕を包み込むようだった。
 恋、だった。愛してすらいた。
 でも、君は本当の僕を知らなかった。
 バカで、どうしようもなかった頃の僕を……

 君と過ごした季節は、四季の全て。
 僕は一年中君のことを思い出してしまう。
 ふとした拍子に湧き上がる、君の記憶。
 両手を顔で覆い、僕はしばらく立ち尽くす。
 記憶の痛みは、肉体の痛みの数倍。
 僕は、君のいない季節を一人で歩く。

 君が与えてくれたものの一つ一つを思い出す。
 でも、この部屋に残っているものはもう何もない。
 時間の流れは思ったよりもずっと早くて、
 僕の掌は思ったよりずっと小さかった。
 伸ばした手ですら、届かなかった。
 君のくれたものは、もう記憶の中にすら残ってはいない。

 でも、僕は君のことを覚えているし、再会を決して疑わない。

 今、僕の隣には一緒にいてくれる人がいるとしても。

 一緒に立っている人がいるとしても……

 夜の闇が好きだ。
 甘い匂いがする。暖かい風が流れる。軽やかな声が聞こえる。
 君の存在を、最も近くに感じる。
 そんな妄想にとり付かれてしまった僕は、
 君の望んだ僕じゃない。

 一人でいる時間が多くなって、
 眠れない夜が増えて、
 君のことを良く思い出すようになった。
 すがっているのだろうか?
 分かっている。全てはもう終わったことだってことくらい。

 でも、僕はここで君を待っている。

 
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