世の中は僕を求めていない。
 僕は誰にも必要とされていない。
 そう気が付いたのは、何時の頃だったろうか?
 子供の頃はそんなことを考える暇はなかった。
 ただ、はしゃいでいればそれで良かった。
 何もなく、全てを手にしていた。
 時が過ぎ、僕は一つのことを知った。
 僕は、駄目だ。
 それは雷のように激しく僕の心を揺さぶり、聖なる鐘のように響いた。
 心の一番奥に、その気持ちは居座っていた。
 大人になって、俺は子供の頃の純粋さを守ることを選んだ。
 そして、他人と深く接することを避けた。
 元々器用だったから、自分を偽ることはそう難しいことではなかった。
 適当に、波風を立てずに、自分を殺して、流れに任せていれば良い。
 周囲は僕の演技に気付くことなく、僕はより一層孤独を深めていった。
 取り返しの付かない場所へと堕ちるのは、時間の問題だった。
 アルコールのもたらしてくれる、一瞬の酩酊。
 それがたまらなく好きで、加減をせずに呑んだ。
 そうすることで、偽りでも自分と他人が近付くような気がしていたから。
 誰かと同じ時間を共有していたかった。
 自分がそこにいないとしても。
 僕を認めない世界には、僕は本心を晒したくない。
 これは世界に対する復讐だ。
 そう、思っていた。
 いつか来る、審判の時に怯えながらも、本当の自分だけは変えることなく守っていた。
 そう、何一つ変えることなく。
 変化はいつでも必要だった。
 それは進化ともいう。
 変わることのない純粋さは、時として大きな罪となる。
 その純粋さは、刹那の間だけ世界へと放たれる。
 偽りの自分を愛してくれた、たった一人の女性に向けて。
 そんな日々が続き、偽りの自分と本当の自分の境がだんだんと曖昧になっていった。
 それは、恐怖を呼び起こした。
 自分が一つになる。もう、守るべきものは失われてしまう。
 その戦慄は僕を一瞬にして偽らせた。
 嘘を、吐かせた。
 本当の自分だけを大切にしていたかったから。
 それは、最後の宝物だったから。
 彼女は涙を流していた。激しく慟哭していた。
 僕は、自分を偽って、罪を得た。
 守るべきものを取り戻したはずなのに、僕の心はどこか空虚なままだった。
 偽りの自分も、もう上手に振舞うことは出来なくなっていった。
 空回りしている歯車。そんなイメージが脳裏にひっかかっていた。
 本当のことに気が付いたのは、すいぶん時間が過ぎてからだった。
 もう取り返しはつかない。
 何も、戻ることはない。
 知っていても、認められずに、僕は孤独に飲まれていった。
 人と触れ合うことが、また恐ろしくなった。
 それでも誰かと気持ちを分かち合うあの快楽だけは忘れられず、空虚な心の片隅であの日々を反芻していた。
 また、あんな日々が手に入るだろうと、楽観的に思いながら。
 今では自分を偽ることも、本当の自分を守ることも、何一つとして出来なくなってしまった。
 たった一人の、出来損ないの自分と共に、世界を歩く。
 必要とされていなくても、決して許してもらえなくても、惨めに足掻いてみせる。
 そう、絶望の中で決心した。
 それは強さではなく、意固地なだけだ。
 負けを認めることが出来ないから、そう決めた。
 多分、僕はもうすでに負けているのだろう。
 そう、世界の在り方を間違えて解釈してしまった時に。
 始めから間違えていたのなら、それはそれで仕方ない。
 それは僕の方向性で、誰もどうすることも出来ない。
 恐怖に溺れた心で、孤独を払拭出来ない弱さで、僕は歩くしかない。
 世界は、僕の最後を待っているのだから。
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