un Bastardly Voice 02

 今ここで死んで、後悔せずにいられるだろうか?
 そんな疑問が浮かんで、消えた。
 物語の中は便利だ。主人公は確実に何かを手に入れることが出来る。
 そして、そこで終わることが出来る。
 でも、現実に生きる俺達は?
 終わりの時は自分では決められず
 いつでも俺達の背後に迫っているというのに
 その手を伸ばすのは本当に気紛れだ。
 今、俺が死ぬとして……
 この先、俺が死んだとして(確実に死は訪れるのだが)……
 俺は、後悔せずにいられるだろうか?
 この疑問には、今は蓋をしておく。
 答えなんて、多分無いし
 あったとしても胸を張って答えられるほどには
 俺はまだ何も成していないのだから。

 キミはここに、言葉を残しておいてくれた。
 声は聞くことが出来なかったけれど
 その言葉は文字として確かに残っている。
 僕は時々キミの残した言葉を読み返してみる。
 そして、想う。キミのことを。
 そして、思う。キミがどれだけ僕を信じてくれていたのかを。
 目を閉じて、キミの祈りを聴く。
 するとどうだろう。この身体全部を満たして行く
 正しい衝動は。
 『書こう』そう思える。
 『キミのためだけに、キミの心を奮わせるためだけに、書こう』
 僕は今でも書き続けている。
 もちろん、現実は僕らにとても厳しいから
 書くことを忘れてしまう日だってある。
 でも、僕はこうして書き続けている。
 キミの声は聞こえないけど、いつか聞こえる日が来ると信じて
 そのためだけの道筋を、今は歩んでいる。

 言葉を探し、言葉を重ねるたびに
 言いたいことと言葉がずれてしまう。
 澄んだ泉の水を掌にすくっても
 指の隙間から零れてしまうように。
 両手を大きく広げても
 風をここに留められないように。
 だから僕は言葉を紡ぎ出す。
 どうしようもない無力感と脱力感を抱きしめて
 胸の奥に開いた虚無の大穴を隠さずに
 強すぎる自我に翻弄されつつも
 衝動と欲求に明確な方向性を与えて
 この時代に僕が存在したという証を探す。
 無限の言葉を操って。
 無価値の中に価値を探して。

 適当に生きて、適当に死んでやろうと思ってた。
 もう、俺の人生は滅茶苦茶になってしまったと嘆いていた。
 嘆いていただけだった。
 でも、俺は知ってしまった。
 話を書くことの素晴らしさを。
 だから俺はもう戻れない。
 あの頃の俺が知ることのなかった、本当の快楽。
 それを知ってしまったから。
 だからもう止まれない。
 罪に穢れた手でも出来ることがあると知ってしまったから。
 俺だけに出来ることがあると知ってしまったから。

 だから世界にエールを送ろう。
 俺にはそれが出来るから。
 幾億の言葉を手足のように使いこなして
 この世界にエールを送ろう。

 16歳の俺は、掌を見詰めていた。
 そこに何の意味があるのか探していた。
 それで何が出来るのか探していた。
 23歳の俺は、彼に向かってこう答える。
「この両の掌の意味は、話を書くため『だけ』にある」と。
 その程度の覚悟は、とうに出来ている。

 書くだけだったら誰だって出来る。
 書くことで何かを昇華させるだけなら素人と変わらない。
 書くことに逃げるのは全ての物語に失礼だ。
 俺は
 素晴らしい話を書きたくて、書き続けている。

 だから俺は俺だけの歌を歌う。
 歓喜と悲嘆。絶望と焦燥と後悔と、快楽。
 その先にある全てを歌う。

 手癖で書いていた今までとは全く違うスタイルの話。
 それを今、手に入れてみたい。
 頭を必死に悩ませて、言葉の流れとリズムを探す。
 新しい旋律を探す、音楽家のように。
 新しい色彩を探す、画家のように。
 俺はもっと、もっと
 人の心を動かす話を書いてみたい。

 うざったいことが多すぎるから
 俺は一つだけを決めた。
 どんなことになっても書き続けてやると
 それだけを決めた。

 苦難の中でこそ人は進歩することが出来る。
 限界を超えるくらいの勢いがなければ
 更なる成長なんて望むべくもない。
 だから、俺は目の前の全てと全力で向かい合ってやる。
 全力を出し続けて、限界を突破してやる。
 破裂して、渇いた砂の塊になったとしても。

 終わらない夢を見たいと望む友に
 俺は泥に塗れて腐った現実を見せる。
 俺が生きている、逃げ場のない現実を。
 起きれば忘れてしまうような、そんな都合の良い夢じゃない。
 目を開き、真っ直ぐに立っていなければ
 足元をすくわれてしまうような
 そんな現実。
 終わらない夢じゃない。俺は
 夢のような現実の中で生きていたい。

 届かない声を叫び続けているのは
 キミにもう届くことのない想いを描き続けているのは
 ただ、寂しいからじゃあない。
 キミが僕の隣にいたことを忘れないため。
 僕がいることを、キミに忘れないでいて欲しいから。
 僕は、もういないキミに向かって叫んでいる。

 壊れそうな夜に壊れそうな話を書くと
 壊れかけた自分が 壊れる音が聞こえる。
 壊れた俺は、自分を再構成する。

 今までここで歯を食い縛って耐えてこれたのは
 幾つもの苦難を共に乗り越えた仲間がいたから。
 それだけが俺の支えだった。
 唯一頼れるものを失ったとして――
 俺は、また今までと同じように立てるだろうか?
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