傘/硝子の雨


ぶつかる 肩に顔を歪めている
誰も 振り返らないで 改札を通り抜ける

退屈そうな声の アナウンス
階段を下りて初めて 降り出した雨に気付く

お気に入りの傘を失くしたのは
いつのことだっただろう?
足を止めて 傘を開く人を見送る

どこに置き忘れたんだろう?
大切にしていた傘
過ぎ去ってく日々の中で
忘れ物は増えていく

硝子越しの景色、歪んで……

黄色い長靴を鳴らして歩いていた
小さな頃 家に帰れば お母さんの「おかえり」

大人になって 一人だけの部屋に帰る
気がつけば 慣れていた

降る雨粒は 硝子みたい
街を鮮やかに彩るけど
傘を差した人たちは
前しか見ていない

どこに置き忘れたんだろう?
大切にしていた傘
過ぎ去ってく日々の中で
忘れ物は増えていく

温かな日差しをかき消すような
冷たく激しい夕立ちに
足早に駆けて行く人たちの
背中が霞んで 消えてく

濡れた肩に 顔をしかめて……

夏の終わりに思い出すのは
子供の頃に聞いた蝉の声
まるで降り注ぐ雨みたいに
景色の全てを包んで

どこに置き忘れたんだろう?
大切にしていたもの 全部
慌しい日々の中で
たくさんのもの 失って

立ち尽くす 私を見る目は まるで
脇役を眺めてるみたい
誰も振り返らずに
街並みに駆け込む

伸ばした指に触れる雨粒
冷たくて けれど 温かくて
鈍色の空から落ちる 硝子の粒は
黒いアスファルトで弾けて 溶ける

唸るような音を立てて
電車は次の駅を目指す
私は軒下から街を見ている
置き忘れた傘を想いながら
雨はだんだんと弱くなって
空は明るく

切れた雲の隙間から顔を出す夕方の太陽
いつもよりも少し遅い
日暮れの匂いが 雨に混じって

場違いな脇役のように
硝子の降る街並みに
私は足を踏み出す

濡れた肩に 頬を緩めて……
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